1.  製造業が陥りやすいデジタル化の罠

3D CADソフトウェアが多くの製造業の設計部門に導入され、ものづくりに3Dデータが利用されるようになって数十年が経っています。2D図面をもとに専門的な知識と経験によって立体物をイメージする以前の方法とは違い、設計段階から製品の完成形を誰でも直観的に把握できることは今や当然となっています。製品データを管理するPDM(Product Data Management)システムや異なるフォーマットの3Dデータ同士を変換するソリューションが普及するにつれて、設計だけでなくものづくりのあらゆるプロセスで3Dデータが共有されるようにもなりました。

一見すると、製造業では3Dデータをもとにしたものづくりの仕組みが整備されデジタル化が進展したように見えます。しかし現場では形状以外の必要な情報を補うため、3Dデータと合わせて2D図面や紙の帳票が用いられていることの方がいまだに多いのが実情です。

「デジタル化」自体を目的としてしまい、3Dデータやデジタルツールをものづくりのプロセスに盲目的に組み込むと、かえってアナログな手作業が増えてしまうという皮肉な状況が起こります。

真面目な企業ほどこのアナログな手作業の効率化に躍起になり、本来のデジタル化の目的や意味を見失いやすいものです。

2. 3DAモデル流通の重要性

2-1. 3DAモデル・MBDとは何か

3Dデータを活用したものづくりのデジタル化を一段レベルアップさせる手段として、必要な情報をできる限り一つのデータに集約しようという動きがあります。その役割を担うのが、3DAモデル(3D Annotated Model)です。

3DAモデルは3次元形状にさまざまな属性情報(寸法・注記、数量等)が付与されたデータです。3Dデータに情報を集約してものづくりを効率化する考え方は、欧米ではMBD(Model Based Definition)、日本でも「3D正」と呼ばれ大手企業を中心に積極的に取り組まれています。

一つの3DAモデルに、各プロセスに必要な情報をすべて入れ込み、プロセス全体で共有しながらものづくりを進めることができれば効率性は飛躍的に高められます。今後の製造業の成長、それを支えるデジタルトランスフォーメーションを実現するには3DAモデルが流通する環境を整備することが不可欠であると言えます。

しかし、3DAモデル流通の実現は容易ではありません。現代では製造業においてもグローバルなパートナーシップやアライアンスの展開は当たり前となっています。パートナー契約を結んだ2社がたまたま同一のCADソフトウェアを利用していることは極めてまれで、異なるソフトウェア間のデータ交換では必ずと言っていいほど不具合が発生するため両社で3DAモデルを100%自動で共有することはほぼ不可能です。

2-2. 国際標準フォーマットへの期待と現実

異なるCADソフトウェア間での3DAモデル共有の問題を解消する手段として、3Dデータの国際標準フォーマットへの期待が高まっています。どのような情報をどのように収めるか整備されることで、異なるソフトウェア間であっても問題なく情報を受け渡せるようになるためです。

標準フォーマットの例としてはJTやPDFが挙げられます。これらのフォーマットには無償のビューアーも存在しており、従来のようにCADソフトウェアがインストールされたPCでなければ3Dデータを確認できないといった制限がなく、検査や組み立て、購買、物流、営業など下流工程でも扱いやすいという特長があります。

そのほかにも、国際的に保証された標準フォーマットとしてSTEPが存在します。例えば、自動車産業や航空宇宙産業では数十年先まで製品情報を保管する義務が課せられており、それに対応する規格としてSTEP AP242が定義され活用が進んでいます。

これらのフォーマットには、いずれも形状だけでなく注記や属性まで含まれており、CADソフトウェアに依存しない3DAモデル流通の実現が目指されています。

ところが実務で必要な属性情報は多岐に渡っており、まだまだ標準フォーマットへの実装は追いついていません。

3. 3DAモデル流通を成功させるための鍵① — データ変換

3-1. さまざまなデータ表現への対応

プロセスや企業をまたいで3Dデータを共有する場合、本来であれば各社が協議して同じCADソフトウェアやフォーマットを採用するのがもっとも効果的です。しかし現実には、用途や予算規模によってプロセスや企業ごとに選ばれるCADソフトウェアは異なります。また、製品開発の過程で必要となる技術領域は多様で、一つのソフトウェアで対応することは現実的ではありません。たとえ同じCADソフトウェアを採用していたとしても、バージョンが異なるだけで不具合が発生しスムーズに連携できないこともあります。また全体最適を優先するあまり個別の業務が非効率になり、プロセス全体の生産性が低下しては本末転倒です。

こうした現実的な課題を解決するのが、3Dデータを他のファイル形式に高精度に置き換え、システム間のインターオペラビリティー(相互作用性)を実現するデータ変換技術です。

変換と聞けばそれほど複雑な処理は必要なく、ファイルの拡張子を変更してデータを出力するだけのように思われがちですが、3Dデータの変換には複雑な処理が必要です。例えば形状だけをとってもCADソフトウェアやファイル形式によって表現の仕方が全く異なります(図1)。単純に左から右へ情報を移せばよいというものではなく、まさに「変換」する必要があります。

図1. データ変換時の不具合の要因

3-2. 35年以上のデータ変換技術の蓄積

エリジオンは前身企業の創業以来35年以上にわたり、3Dデータの変換技術を蓄積してきました。数学的な知見を生かした独自のアルゴリズムとCADソフトウェアの開発元との正式なパートナーシップ契約による高精度なデータ処理が評価され、現在ではトヨタ自動車、日産、キヤノンなど国内自動車・電機メーカーのほか、ダイムラーやボーイングなど海外のリーディングカンパニーを含め4000社を超える企業に3Dデータ活用のための技術を提供しています。

そして現在は、3Dデータ変換において、形状情報に加えPMI(Product Manufacturing Information)や属性情報の変換技術の向上にも力を入れています。

3-3. 見た目の変換とマシン・リーダブルな情報の変換

データ変換技術は、製造プロセスをデジタル化することでより高度なものづくりを実現するための一つのステップに過ぎません。

デジタル化を進めるための根本的な取り組みとして、3DAモデルには二つの特性を持たせる必要があります。

一つ目は、人が目で見て読み取ることのできる情報を保持させることです。これはヒューマン・ヴィジブル(人可読性)と表現される情報です。従来の3Dデータが持つ代表的な機能で、例えば3Dモデルを画面上で回転させたり拡大させたりすることで人は直観的に物の形状を理解し、正しく完成形をイメージすることができます。また3Dで表現されたPMIの引き出し線や枠線、文字や製図記号なども人が読んで理解しやすいという特徴を備えています。

二つ目は、3DAモデルを読み込んだソフトウェアが、自ら次の処理を実行するための情報を有していることです。これはマシン・リーダブル(機械可読性)と言われる情報で、属性や注記などがこれに当たります。なおPMIはヒューマン・ヴィジブルとマシン・リーダブルの両方の特性を併せ持っていると言えます。

ソフトウェアやハードウェアが3Dデータの情報をもとに自動的に判断し動くことで、初めて人は単純作業から解放されます。逆にこの領域に達するまでは常に人の目視確認や手作業がなくなりません。この状態がデジタルトランスフォーメーションの先に目指すべき状態で、人がより創造的な仕事にシフトするための理想的な環境です。

そのため当社では、いずれのファイル形式であっても、形状に代表されるヒューマン・ヴィジブルな情報に加えてPMIや属性も含めたマシン・リーダブルな情報も正確に別のファイル形式に変換できる技術の開発に日夜取り組んでいます。

図2. CADのネイティブファイルから標準フォーマットへの変換例

続き「ものづくりDXの基礎となる3DAモデル流通、3Dデータ変換、設計品質自動検証-その②」を読む