ものづくりにおいて、コストをいかにコントロールするかは常に重要な課題です。コストは、原材料や購入部品の種類、加工方法によって変わる時間や人件費、加工する箇所の数、さらには光熱費や工具・治具費など、さまざまな要素によって決まります。
設計者が作りたいもの、作りたい形は、いったいどのくらいのコストで作りだせるのか。それを導き出すのが調達部門の担当者の役割です。コスト試算はその後の製品展開プロセスの基礎情報になるため、担当者の責任は大きく、従来は豊富な経験と熟練したスキルが求められてきました。
ソニー株式会社(以下「ソニー」)は、製造部門から間接部門まで、さまざまな部署が参画する部署横断のデジタル化プロジェクトを進める中で、「Design for X (Xのための設計)」のコンセプトに基づき、コスト試算の領域においても、3Dデータを活用した新たな仕組みを導入しました。
コスト試算の難しさ
さらに、購入見込み数量や部品生産地などの購入取引条件の情報を加え、それらを、表計算ソフトで作成されたコストテーブルの項目ごとに転記することでコストを試算していました。
この一連の作業は、人手による単純な入力作業が多い点で長年の課題とされてきました。しかし、それ以上に大きな問題は、設計検討段階の図面や3Dデータから、加工条件や留意点を把握し、試算に必要な情報を整理・判断していく工程にありました。これらの作業は誰でもできるというものではなく、高度で熟練したスキルが求められます。
また、CADソフトウェアをはじめとするデジタルツールの導入により設計業務は効率化され、調達部門に依頼される案件数は年々増加しています。その反面、経験豊富なベテラン社員のリタイアなどで組織の若返りが進み、調達部門においても、個人の経験やスキルに依存しない業務プロセスの構築が不可欠となっていました。
確認作業によるタイムロス
さらに、調達担当者と設計担当者の間で発生する確認作業の煩雑さも課題でした。
設計者がコスト試算に必要となるすべての情報を把握しているとは限りません。たとえ把握していたとしても、それらを漏れなく図面に反映させることは容易ではないのが実情です。その結果、図面上に記載のない情報について、調達担当者が設計担当者に確認のメールを送ったり、打ち合わせの場を設けたりすることが日常的な業務として定着していました。ほかに有効な手段がない中で、設計・調達の双方が真摯にこのやり取りを積み重ねてきた、という背景があります。
また、調達担当者による試算結果については、設計者をはじめとする関係者の理解と合意を得ることが重要です。算出根拠が十分に共有されていない場合、内容を正しく説明することが難しくなり、結果として社内での確認や調整に時間を要することがあります。
限られた開発期間の中で、設計と調達の両部門が繰り返し調整に追われる状況は、結果として機会損失を生んでいるのではないか──。現場には、そうした危機感もありました。
部門を横断したDFXの取り組み
このころ、ソニーでは全社的にDX(デジタルトランスフォーメーション)を通じた業務効率化を進める動きが加速していました。その中で打ち出されたコンセプトの一つが、「Design for X(DFX)」です。
DFXとは、製造性を考慮した設計を意味するDFM(Design for Manufacturability)をはじめ、設計の各段階で「何のために設計するのか」を明確にする考え方です。この枠組みには、機能性とコストの最適なバランスを目指すDFC(Design for Cost)の構想も含まれていました。
こうした考え方を背景に、調達部門においても、他部署における3Dデータ活用による業務効率化の事例を参考にしながら3Dの設計データを活用した新たな業務プロセスの検討が始まりました。
DFCツールの仕様検討
新しいシステムの検討にあたって、主な仕様を次のように整理しました。
- 設計者が負担を感じずにデータ流通を開始できるよう、設計用のCADソフトの画面内に専用のボタンを設置する
- 設計者が図面を提出したタイミングで、調達担当者にメールが自動送信され通知が届く仕組みとする
- CADモデルから自動検出された設計情報をエクセルにまとめ、設計担当者がそのファイルをサーバーからダウンロードできるようにする
- CADモデルを確認できるビューアーファイルも自動生成し、調達担当者がダウンロードして設計データを閲覧できる
なかでも特に重要だったのが、CADモデルから必要な情報を自動検出する技術です。人と同じレベルで検出できるだけでなく、目視では気づけない部分までデジタルで見つけ出すことができればより精緻なコスト算出が可能になります。
また、ソニーの設計実態に沿った検証を行えるよう、機能のカスタマイズ性も必要な条件でした。
CADモデルから自動検出する形状の整理とカスタマイズ
こうした取り組みを具体化するため、ソニーはエリジオンと連携し、3Dデータからコスト試算に必要な形状情報や属性情報を自動検出する新たなシステム開発に着手しました。開発にあたっては、まず調達部門の業務内容を丁寧に洗い出し、コスト試算の過程でどのような形状や項目を検出する必要があるのか整理するところから取り組みが始められました。
なお、これまで暗黙知として扱われがちだった経験や判断基準を整理し、誰にでも理解できる形に落とし込んでいく過程そのものが、取り組み全体において大きな意味を持っていたといいます。
試作版で実感した変化
試作版が完成し、実際に業務で試してみると、その効果はすぐに実感されました。これまでベテラン社員の目視に頼っていた設計情報の読み取りは自動化され、手作業で行っていた表計算ソフトへの転記も不要となりました。さらに、定型化データが配信されることで、設計部門と調達部門の間で発生していたコミュニケーション負担が軽減された点は大きな変化でした。
加えて、CADソフトがインストールされていない調達担当者のPCでも、ビューアーファイルを通じてCADモデルを確認できるようになったことは、日常業務の進めやすさを向上させました。

3Dデータを活用した設計・調達部門連携の仕組み
1件当たりのコスト試算にかかる時間を大幅削減
設計者にも、調達担当者にも負担の少ないDFCの仕組みは、現在ソニーの管轄下にある量産製品の開発・製造プロセスで実際に活用されています。対象となる設計データは年間で数百件にのぼります。調達担当者の作業を見ると、従来の方法に比べて1件当たりに要する作業時間を50%以上短縮しました。期待どおりの成果が得られていると言います。
また、経験の浅い若手社員であっても、CADモデルから必要な情報を漏れなく確認できるようになった点も大きな変化です。ベテラン社員の経験や勘に頼らずに、品質や精度を落とすことなく業務を進められる環境が整い、コスト試算業務の再現性や安定性の向上が実現しました。
ソニーでは今後も、現場で得られる効果を見極めながら、システムの継続的な更新と適用範囲の拡大を検討していく方針です。
