学術研究

続・3D計測を利用した文化財における新たな研究・展示手法

京都文化博物館 (有楽斎展)

2023年4月22日、京都文化博物館(京都市中京区)で特別展「四百年遠忌記念特別展 大名茶人 織田有楽斎」が開幕しました。

博物館の別館が国指定の重要文化財となっている京都文化博物館は、以前から文化財のデジタルアーカイブやその展示を目的として、3Dレーザースキャナーで計測した点群データの活用に積極的に取り組んでおり、2019年8月から10月に開催された『辰野金吾没後百年 文博界隈の近代建築と地域事業展』においては、VRを使った展示が実施されました。

京都文化博物館のVR展示の事例

今回の特別展では、織田有楽斎にゆかりの深い正伝永源院や、現在は愛知県犬山市に移築・保存されている国宝の茶室「如庵」などを3D計測し、貴重な文化財をデジタルアーカイブするとともに、これらの貴重な文化財への理解をより一層深めることを目的として、新しい形のデジタルコンテンツ制作と新しい展示手法の実現に挑戦しています。

京都・正伝永源院の3D計測

プロジェクトは2022年の夏、京都・祇園の正伝永源院の3D計測から始まりました。

「正伝永源院の前身である正伝院は、有楽斎によって江戸時代に再興されたお寺です。当時、この正伝院内に建てた茶室『如庵』は国宝に指定され、現在は愛知県犬山市に保存されています。正伝永源院には現在、精巧に復元された写しが建てられており、当時をしのばせてくれます。」(京都文化博物館 学芸員 村野正景氏)

3D計測は復元された茶室はもちろんのこと、有楽斎の木像が安置されている本堂のほか、四季折々の表情が見られる美しい庭も対象にしました。

「この美しいお庭には、有楽斎にまつわるある石塔が設置されています。千利休の師として知られる室町時代の茶人・武野紹鷗の供養塔です。有楽斎は自ら墓石をこの供養塔の形に似せるなど武野紹鷗に敬意を払っていました。石塔は大阪に建立されましたが、有楽斎は正伝院を再興した際、大阪からわざわざ移してきたのです。近代になってまた塔は京都を離れていましたが、2021年に有楽斎ゆかりの正伝永源院に奉納されました。その石塔についても、3次元計測データを元にした分析結果を紹介しています」 (村野氏)

点群データを使って石塔を分析した結果の展示

国宝茶室「如庵」の3D計測

「有楽斎の工夫の詰まった茶室、貴重な襖絵をたたえる書院は、いずれも文化財として大変重要なものです。このタイミングで3D計測しておくことは、展覧会のデジタルコンテンツとしてはもちろんですが、学術的なデータとしても、非常に価値のあるものになると思いました。そこで、以前から展覧会の準備に全面的に協力していただいていた、犬山市の有楽苑を管理する名古屋鉄道の担当者の方にも正伝永源院の3Dデータをご覧いただきました」(村野氏)

正伝永源院の計測と同じ2022年の12月、愛知県・犬山へ移築された国宝茶室「如庵」と国指定重要文化財である書院の3D計測が実施されました。

「京都の正伝永源院と愛知の有楽苑はどちらも1日で計測が終わりました。計測しているその場でデータ処理が行われ、貴重な建物や紅葉の美しい庭園がPCの中に再現されていきます。短時間で貴重な文化財がデジタル化されていく様子は、何度見ても本当にワクワクします」(村野氏)

空間再現ディスプレイを利用した3D展示

特別展に向けた課題の一つが、現在は別の場所(愛知県犬山市)で大切に保存されている茶室「如庵」を来訪者にどのように楽しんでもらうかでした。

「文化財を長く守っていくためには、なるべく公なものとして公開し、広く知ってもらう、多くの人に楽しんでもらう、そして好きになってもらう必要があると考えています。有楽斎ゆかりの建物を3D計測することができ、貴重な3次元のデータが得られました。このデータを最大限に生かして、京都で開催される特別展の来場者に楽しんでもらいたいと考えました。特別展では、写真を撮影して大きなポスター展示をしたり、ビデオカメラやドローンで取得した映像を大型スクリーンに投影したりする方法が一般的です。しかし、せっかく取得している3Dの情報を従来の平面(2D)に留めてしまうのは非常にもったいないと思い、3Dのまま来館者に届ける方法について、エリジオンと一緒に試行錯誤を繰り返しました。『空間再現ディスプレイ(ソニー社製)』を使ってジオラマのように表示するアイディアを伺い、それをぜひ展示をしてみたいと直感的に思いました」(村野氏)

展示されたソニー社製の空間再現ディスプレイELF-SR1

点群をベースとした3D解説

もう一つの来場者への見せ方として取り組んだのは、3Dだからこそ説明できる解説映像を制作することでした。

「点群データがあれば、自由な位置で建物の断面を表現することができるようになります。例えば2メートルぐらいの高さに断面を設定し、そこから上の部分を一時的に非表示状態にすることで天井を外した状態を表現できます。俯瞰できる視点からの表現は全体のレイアウトが分かりやすく、それぞれの部屋の相関関係も理解しやすくなります。如庵(茶室)においては、3Dで表示することにより、茶室の特徴である『筋違いの囲い』(室内の斜めに立てられた壁。空間に変化を与え、広く感じさせる工夫)の意義が多くの方により深く理解していただくことを可能にしたと思います」(村野氏)

「今回の映像が点群をベースとしていることに気付かれるお客様は少ないのではないしょうか。貴重な襖絵を非常に美しく表現できただけでなく、点群を活用した3Dベースの動画にキャプションや補足画像を載せることで、従来の映像とは違った新しいコンテンツができたと思います。初めて点群を活用した展示にチャレンジした2019年の辰野金吾展に比べて、表現のレベルが数段上がっていると感じています。」(村野氏)

「実際にその場所に足を運び、体験せずに得ることが難しかった、空間的な理解を可能にしたのではないでしょうか。この映像を見ることで、実際に現地に赴いて体験したことのある方はその記憶が鮮明に蘇り、未体験の方には実物を実際に見てみたいという思いがより強くなると思います」(村野氏)

文化財への理解と愛着のために

コロナ禍が明けた2023年のゴールデンウィークは、京都文化博物館にも多くの来訪者がありました。

「映し出される映像を繰り返し何度も鑑賞される方もいました。展示で詳しく紹介されている如庵についての理解をこの動画によってより深めていただけていることに手応えを感じています。日々進歩していく新しいテクノロジーを積極的に活用することで、訪問いただいた方に文化財への理解を深めていただくこれまでにない形を提案できたのではないでしょうか。新しい体験を通じて、より深く知ってもらうことで、文化財を大切にしたいという気持ちを深めてもらえたらとてもうれしく思います」(村野氏)

「3Dデータをどう文化財の維持や研究に活用していくか、私の専門とする考古学の世界でも重要なテーマの一つになってきたのは間違いありません。しかし同時に、博物館は点群をはじめとする貴重なデジタルデータを活用しながら、多くの人にとっての新しい体験の場として価値を提供することが求められていると感じています。今後も新しい手法を積極的に取り入れていきたいと考えています」(村野氏)

「四百年遠忌記念特別展 大名茶人 織田有楽斎」は2024年1月31日(水)から3月24(日)までの期間、東京・六本木のサントリー美術館にて開催されます(巡回展)。

解説動画のディスプレイ展示

四百年遠忌記念特別展 大名茶人 織田有楽斎 サントリー美術館ホームページ

協力: 名古屋鉄道株式会社 / 正伝永源院 / NTTコミュニケーションズ

導入事例一覧へ戻る
リンク矢印リンク矢印